
事の発端 — ネット情報を信じた DIY の経緯
先日、画面割れの iPhone X を抱えたお客様がご来店されました。ご本人の説明によれば、画面の細かいヒビが気になって、インターネットで「歯磨き粉でガラスの傷を埋めて磨くと目立たなくなる」という記事を見つけ、自宅で試したとのことでした。
使ったのは市販の研磨剤入り歯磨き粉と、綿の古布。画面に直接塗り込み、円を描くように 10 分ほどゴシゴシ磨いたそうです。最初は「ヒビが薄くなった気がする」と感じたものの、しばらくすると画面のタッチ反応が鈍くなり、最終的には Face ID も「もう一度やり直してください」のメッセージばかりで顔認証が通らなくなりました。
この時点でお客様はようやく異変に気づき、当店へ持ち込まれた、という経緯でした。当店では月に 3-4 件、自分で何かを試して状況を悪化させてしまった端末のご相談が入ります。同じ症状の他事例でも、似たパターンを何度か拝見してきました。
注意喚起: 歯磨き粉に含まれる研磨剤は微細な粒子で、ガラスのヒビ部分や端末の隙間に入り込むと、自力では取り除けなくなる場合があります。「軽い傷なら磨けば消える」というネット情報は、スマートフォンのような精密機器には当てはまらないケースが多いようです。
分解診断で判明した被害状況
お預かりしてまず外観を確認したところ、画面の割れ目に白く粉のようなものが詰まっていました。これが歯磨き粉の研磨剤の残留物でした。乾燥して固着しているため、表面を拭くだけでは取り切れません。
続いて画面を慎重に開けて中を点検した結果、被害は想像以上に広がっていました。ヒビから侵入した微粒子と水分混じりの泡が、画面下部のフレックスケーブル接続部、そしてイヤースピーカー横の TrueDepth カメラ周辺まで到達しており、Face ID の核となるドットプロジェクタとフラッドイルミネータの表面に薄く膜のように付着している状態でした。
iPhone X の Face ID は、約 30,000 個の赤外線ドットを顔に投射して立体的に認識する仕組みです。センサ表面が汚れると赤外線の散乱パターンが乱れ、認証が通らなくなります。今回はまさにこの状態でした。さらにタッチ層内部にも微粒子が回り込んでおり、画面の割れた部分付近のタッチ反応が極端に鈍くなっていたことも確認できました。
お客様には現状をその場でご説明し、進める範囲・部品交換の有無を相談したうえで作業に入ることになりました。当店では分解前のお見積もりは無料、お見積もり提示後のキャンセルも可能です(分解診断・部品発注後は所定の手数料が発生する場合があります)。
修理現場での復旧手順
復旧作業は、汚染を広げないことを最優先に進めました。まずは静電気対策をしたうえで画面を取り外し、研磨剤の残留物がそれ以上内部に落ちないよう端末を傾けて固定。バッテリーコネクタを切り離してから、TrueDepth カメラユニット周辺の清掃に取り掛かりました。
センサ表面の付着物は、専用の極細ブラシと低残留タイプのクリーナーで一粒ずつ取り除く根気のいる作業となりました。Face ID のセンサは非常にデリケートで、強くこすれば二度と元に戻らないため、ここは時間をかけてじっくり対応。今回はセンサ自体に物理的な傷はなく、表面汚染のみだったため、清掃で機能が回復する見込みが立ちました。
続いて、ヒビが入った状態のままでは微粒子の再侵入が避けられないため、画面アセンブリは交換となりました。割れたガラスを再利用しても粉末が残り続けるため、ここはやむを得ない判断です。新しい画面に交換後、TrueDepth カメラユニットを慎重に元の位置へ移植。iPad画面割れ修理の流れと基本的な工程は近いものの、iPhone X 独自のセンサ群があるため作業は数倍デリケートになります。
組み戻し後、Face ID の再登録テストを実施。最初の数回は認識率が安定しなかったため、再度センサ表面を確認し、追加の清掃を経て登録が通るようになりました。タッチ反応もスムーズに戻り、画面下端から上端まで均一に動作することを確認。経験上、ここまで来れば日常使用で再発するリスクはかなり下がります。
最終的にお客様にお返しできたのは、来店から 2 時間半ほど経過したころ。ご本人にその場で Face ID 登録と動作確認をしていただき、問題ないことを確認のうえお引渡しとなりました。修理後は技術基準適合確認のうえお引渡しいたします。詳しくは修理ブログ一覧に他の事例もまとめています。
今回のケースから残しておきたい教訓
このご依頼で改めて感じたのは、スマートフォンの「ガラス」は窓ガラスや時計のクリスタルとは構造がまったく違う、ということでした。表面はオレオフォビックコーティングや偏光フィルムが層になっており、その下にタッチセンサ層があり、さらに液晶や有機 EL が重なっています。研磨剤で表面を削れば、傷は確かに見えにくくなる瞬間があるかもしれませんが、その代償として複数の機能層を傷つけてしまうリスクが高くなります。
また、iPhone X 以降の機種は Face ID という「顔データを精密に読み取る赤外線システム」を画面上部に内蔵しています。歯磨き粉に限らず、画面まわりに何かを塗ったり強く拭いたりする行為は、想定外の場所までその物質が回り込む可能性があるため、慎重に判断していただきたいところです。
当店では 2019 年の創業以来、ご自身での修理やインターネットで購入した部品での DIY が原因で状態が悪化したご相談を、繰り返し拝見してきました。「軽い傷だから自分で…」と思った瞬間が、結果的に画面交換+センサ清掃+部品代という、より大きな修理につながってしまうケースは少なくありません。
もし画面のヒビや傷が気になり始めた段階で、何か対処を考えていらっしゃる方は、まず触る前にご相談いただければと思います。大阪・松屋町スマエキでは、来店修理だけでなく郵送でのご依頼にも対応しております。営業時間は 10:00〜19:00、水曜定休。料金は機種・症状によって異なりますので、修理料金の目安のページや、お問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。今回のお客様のように、結果的にうまくいかなかった場合でも、現状を診て復旧の道筋をご提示することは多くのケースで対応可能です。
よくある質問
歯磨き粉で画面の傷を消すという方法は本当に有効ですか?
経験上、見た目が一時的に薄くなったように感じることはあっても、研磨剤の微粒子がヒビの隙間や端末内部に入り込み、タッチ層やセンサに悪影響を与えるリスクが高いと感じています。今回のケースのように Face ID が使えなくなる事例も実際に発生しているため、当店としてはおすすめできません。
Face ID が認証できなくなった場合、必ずセンサ交換が必要ですか?
原因によって異なります。今回のように表面汚染が主な原因であれば、清掃で回復する場合があります。一方でセンサ自体が物理的に損傷しているケースでは、TrueDepth カメラユニット側の対応が必要になります。分解診断のうえ、状態に応じてご提案いたします。
DIY で状態が悪化してしまった iPhone でも修理を受けてもらえますか?
多くのケースで対応可能です。当店では月に 3-4 件、ご自身での修理やインターネット購入の部品での作業後にご相談いただく端末をお預かりしています。状態を拝見してから、復旧できる範囲をご説明いたします。
iPhone X の画面交換だけで Face ID も復旧しますか?
画面アセンブリ自体には Face ID の主要センサは含まれていないため、画面交換のみで Face ID が直るとは限りません。今回のように TrueDepth カメラユニットの清掃や移植が必要になるケースもあるため、症状に応じた診断が前提となります。
郵送で修理を依頼することはできますか?
はい、配送修理にも対応しております。お問い合わせフォームから状況をお知らせいただければ、発送方法や流れをご案内いたします。営業時間は 10:00〜19:00、水曜定休となっております。