キッチンで起きた一瞬の事故 ― お客様のお悩み
「夕飯の支度をしていて、シンクの縁に置いていたiPhoneを菜箸で引っかけてしまったんです」。先日、当店にご来店された40代の主婦のお客様は、来られて開口一番そう仰いました。大阪市鶴見区からお越しで、ご自宅での出来事だったとか。落とした直後はすぐに拾い上げて画面が点いていたので一安心されたそうですが、夜になって充電してもバッテリー残量が安定せず、翌朝には電源が入ったり落ちたりを繰り返すようになったとのことでした。

機種はiPhone 12 mini。発売から数年経つ機種ですが、片手で扱える小ぶりなサイズが気に入っていて、まだしばらく使い続けたいというお気持ちでした。お子様の写真や家族のLINEのやり取りが詰まっており、できればデータも残したい。そんなご希望を抱えての来店でした。
正直なところ、こうしたキッチンや洗面所での水没相談は当店で月に3〜4件はあります。同じ症状の他事例も合わせてご覧いただくと、決して特別なケースではないことが分かるかと思います。
分解前の診断 ― 何が起きていたのか
お預かりしてまず行ったのは、外観チェックと充電ポート・スピーカーグリル周辺の水濡れ反応の確認でした。SIMトレーを抜いて内部のリトマス試験紙(液体侵入インジケータ)を覗くと、しっかりピンク色に変化しており、本体内部まで水が回っていることが確認できました。
次に専用の電源装置に繋いで電流の挙動を観察。すると、起動時に瞬間的に異常な電流が流れたあと、すぐに保護回路が働いて落ちる動きが見えました。経験上、この挙動はロジックボード上のどこかでショート、もしくは腐食による微小な漏電が起きているサインです。当店では2019年の創業以来、水没案件をかなりの数こなしてきましたが、似たパターンに見える症状でも原因箇所は機種ごとに少しずつ違うのが面白いところでした。
お客様には診断結果と、基板洗浄+部分的なリペアが必要になる可能性をお伝えしました。あわせて、重度の故障では作業中の通電トラブルでデータが失われるリスクもゼロではないため、可能であれば事前バックアップを推奨しております、というお話もさせていただきました。今回はバックアップが取れない状態でしたので、その旨をお客様にも納得いただいたうえで作業に進みます。分解前のお見積もりは無料で、提示後のキャンセルも可能です(分解診断・部品発注後は所定の手数料が発生する場合があります)。
基板洗浄の工程 ― 顕微鏡の下で
店内のワークベンチで本体を慎重に分解していきます。iPhone 12 miniは内部スペースがタイトで、ロジックボードを取り出すまでにフレキシブルケーブルが何本も走っており、一本ずつコネクタを外していくのは集中力のいる作業でした。
取り出したロジックボードを顕微鏡で覗くと、PMIC(電源管理IC)の足の周辺と、バッテリーコネクタ寄りのチップ抵抗のあたりに、白っぽい腐食が点在していました。水道水にはミネラル分が含まれているため、乾いたあとも基板上に通電性のある残留物が残ってしまうのです。これが電源の不安定さの正体でした。
洗浄には超音波洗浄機を使い、専用の電子部品用洗浄液で30分ほど処理。そのあと取り出して、顕微鏡下でフラックスと細かいブラシを使い、ICの足元に残った腐食を一点ずつ除去していきます。作業中、PMIC周辺の小さなチップ部品が一つ腐食で剥がれかけていたため、手持ちのジャンク基板から同型のものを取り外して載せ替えました。半田付けはミリ単位ではなく、もはやコンマ何ミリの世界で、ピンセットの先と呼吸を合わせる感覚です。
修理にかかった時間は、お預かりから完成まで実働で約4時間ほど。途中、組み立て後のテスト通電で軽微な再発が見つかり、もう一度分解して洗浄をやり直す場面もありました。水没の修理はこういう「もう一押し」の判断が結果を左右します。
動作確認とお引き渡し ― 完成後の一言
洗浄と修理が終わったら、本格的な動作テストへ。電源の安定性、バッテリーの充放電カーブ、Wi‑Fi/Bluetoothの接続、Face ID、カメラ、スピーカー、マイクと一通り確認していきます。今回はFace IDの赤外線ドットプロジェクタにも一部水滴の跡が見られましたが、洗浄後に再キャリブレーションでしっかり認識する状態に戻りました。修理後は技術基準適合確認のうえお引渡しいたします。
お客様にお返しする際、ホーム画面で家族の写真を開いて「あ、ちゃんと残ってる…」と小さく呟かれた表情が印象的でした。多くのケースでデータを保持したまま対応可能ですが、基板修理や水没のような重度故障は事前バックアップを推奨しております、と改めてお伝えし、今後の予防策として防水ポーチや充電ポートの定期的な乾燥もご案内しました。交換した部品については3ヶ月の動作保証をお付けしています(落下・水濡れなど使用上のトラブルは対象外、詳細は保証規約ページをご確認ください)。
当店大阪・松屋町スマエキは10:00〜19:00(水曜定休)で営業しており、来店修理だけでなく郵送でのご依頼にも対応しています。鶴見区から松屋町までは電車で30分目安、お近くの方はお気軽にご相談ください。修理料金の目安は機種・症状によって異なるため、お問い合わせフォームよりご連絡いただければ、内容を伺ったうえで個別にご案内いたします。
iPad関連の流れが気になる方はiPad画面割れ修理の流れを、過去の修理エピソードをもっと読みたい方は修理ブログ一覧もどうぞ。お客様の毎日に欠かせない一台、私たちが心を込めてお預かりします。
よくある質問
水没後に電源が入っているうちに使い続けても大丈夫ですか?
経験上、内部に水分が残ったまま通電を続けると基板の腐食が進み、電源不安定や起動不能に発展するケースが多く見られます。動いているように見えても、できるだけ早く電源を切り、修理店にご相談いただくことをおすすめしています。
水道水で濡らした場合と海水・お茶などで違いはありますか?
はい、違いがあります。水道水でもミネラルが残りますが、海水や塩分・糖分・タンパク質を含む液体(お茶・コーヒー・スープなど)はより強い腐食を引き起こします。当店では液体の種類に合わせて洗浄液と工程を調整しています。
データを残したまま修理してもらえますか?
ほとんどの修理でデータを保持したまま対応可能ですが、基板修理・水没等の重度故障は事前バックアップを推奨しております。今回のような水没案件では、診断時にお客様へリスクをご説明したうえで作業を進めます。
鶴見区から松屋町まで行けないのですが郵送修理はできますか?
はい、郵送でのご依頼にも対応しています。お問い合わせフォームから症状をお知らせいただければ、発送方法と梱包のコツをご案内いたします。お見積もりは分解前に無料で行い、ご納得いただいてから作業を進めます。