2019年から大阪・松屋町でスマートフォン・タブレット修理を専門に対応している当店では、月に5〜7件ほど「自分で乾燥させようとして悪化させた水没端末」が持ち込まれます。先日も、家族写真の詰まったiPhone 12を抱えてご来店された方がいらっしゃいました。お話を伺うと、洗面所で水没させた直後、ネット記事を頼りに冷蔵庫の野菜室で1週間乾燥させたとのこと。電源を入れたら一瞬リンゴマークが出て、そのまま沈黙。今回はこの一台を復旧させるまでの経緯と、なぜこの方法が裏目に出たのかを店主目線で記しておきます。

1. 何が起きたのか — 野菜室乾燥という選択
お客様によると、流れはこうでした。脱衣所でiPhone 12を洗面ボウルに落とし、3秒ほどで拾い上げ。慌てて電源を切り、ネット検索で出てきた「低温で水分を飛ばす」という記述を見て、ジップロックに入れて冷蔵庫の野菜室(約3〜7℃)に放置すること1週間。乾いた頃合いを見て電源を入れた、というご説明でした。
気持ちは分かります。米びつ法、シリカゲル法、ドライヤー法…ネット上には水没対処の情報が氾濫しています。ただ、今回の野菜室はそのどれとも性質が違いました。低温多湿の環境で1週間放置するということは、端末内部の水分が抜けないどころか、出し入れのたびに結露を繰り返す条件が整ってしまうということです。
重要: 水没後の冷蔵庫保管は逆効果になる場合があります。低温で空気中の水分が水滴化し、基板上に新しい水分を引き寄せてしまいます。同様に、ドライヤーの温風(高温による部品劣化)、米びつでの長期放置(微粉が侵入)もリスクが指摘されています。
こうした同じ症状の他事例は、当店でも年に何件か拝見しています。共通するのは「DIYで時間を稼いだつもりが、結果的に基板腐食を進行させてしまった」というパターンでした。
2. 開封して見えたもの — 結露と腐食の進行
お預かりして分解診断に入りました。iPhone 12は防水等級IP68相当の設計ですが、これは新品時の話。経年で防水パッキンは劣化していますし、一度水没した端末の防水性は基本的に失われていると考えます。
裏蓋を開けた瞬間、内部に細かな水滴がびっしり。バッテリー周辺、ロジックボードのシールド、ロジックボード裏面のコネクタ部、いずれも結露の痕跡が残っていました。さらに困ったのは、ロジックボード上のいくつかのチップ周辺に緑青(ろくしょう)が発生していたこと。これは銅成分が水分と反応して腐食した状態で、放置すると配線が断線します。
分解時点での所見をお客様に共有し、復旧作業に進むかご相談しました。水没・基板修理は、当店で取り扱う修理の中でも最もリスクが高いカテゴリーになります。理由は単純で、目に見えない損傷が複数箇所で同時進行している可能性があり、症状を完全に予測できないため。
ここで強くお伝えしたのが、事前バックアップの重要性でした。ほとんどの修理でデータを保持したまま対応可能ですが、水没や基板修理といった重度故障については、修理中に完全にアクセス不能になる可能性が残ります。今回はiCloudバックアップが3週間前のものが残っていたため、最悪の場合でもそこまでは戻せると確認したうえで作業に入りました。
3. 復旧手順 — 超音波洗浄から再起動確認まで
当店での水没復旧は、おおむね次の流れで進めます。
- 分解と部品の分離: バッテリー、カメラモジュール、Taptic Engine、ロジックボードを順に外します。バッテリーは膨張や発熱のリスクがあるため、最優先で分離。
- ロジックボードの超音波洗浄: 専用の洗浄液(IPA系)に基板を浸し、超音波洗浄機で結露・塩分・腐食物を除去。今回は2回繰り返しました。
- 顕微鏡検査: 30倍程度のスコープで配線・コンデンサ周辺を確認。今回は2箇所でコンデンサ脚に腐食、1箇所で微細な配線断を確認しました。
- 部品交換と配線復旧: 腐食コンデンサの再ハンダ、配線断のジャンパ修復。ここはマイクロソルダリングの領域で、経験上1mm四方の中で複数回ハンダを当てる作業になります。
- 仮組みと通電テスト: バッテリーを繋ぎ、電流値をモニタしながら段階的に通電。異常電流が出ないことを確認してから本起動。
- 本組みと最終確認: 防水パッキンを新品に交換のうえ全体を組み直し、各種センサーとカメラ、Face ID、充電動作を一通り確認。
今回はお預かりから返却まで4日かかりました。データは無事に残っており、お客様の家族写真も確認できる状態でお返しできました。修理後は技術基準適合確認のうえお引渡しいたします。iPad画面割れ修理の流れと基本の手順は近いのですが、水没はテストにかける時間が圧倒的に長くなる点が違います。
4. 教訓 — 水没してしまったら、まず何をすべきか
今回のお客様には作業後にお茶を飲みながらお話しました。「次があったら、何をしたらいいですか」というご質問への、当店なりの答えがこれです。
- すぐ電源を切る — 通電している状態で水分が回ると、ショートで基板を一瞬で焼くことがあります。リンゴマークが出ている、画面が点いているからと安心してそのまま使うのが一番危険。
- 振らない、傾けない — スピーカー穴やLightning端子から水が抜けることを期待して振る方が多いのですが、内部で水分が広がり、いままで触れていなかった部品まで濡らします。
- 充電しない — これは絶対避けてください。残留水分がある状態で給電すると、ショート箇所が一気に焼けます。
- 乾燥は自然乾燥+短時間 — シリカゲルを使うのは比較的マシですが、それでも内部の結露までは抜けません。当店としては、水没から24時間以内のご相談をお勧めしています。
- 何より早く専門店へ — 大阪・松屋町の当店なら10:00〜19:00(水曜定休)で対応しています。来店が難しい場合は配送修理にも対応していますので、お問い合わせフォームからご相談ください。
「家電量販店で買った乾燥剤で…」「YouTubeで見た方法で…」というご相談は、率直に申し上げて時間との勝負で不利になります。当店実績では、水没から1日以内にお預かりできた端末と、1週間後にお預かりした端末では、復旧成功率に明らかな差があります。今回のiPhone 12はぎりぎり間に合った例ですが、来週同じことがあれば結果は違ったかもしれません。
料金は機種・症状によって異なります。分解前のお見積もりは無料、お見積もり提示後のキャンセルも可能(分解診断・部品発注後は所定の手数料が発生する場合があります)。交換した部品に対しては3ヶ月の動作保証(落下・水濡れなど使用上のトラブルは対象外、詳細は保証規約ページ)。同じiPhone 12でも、水没度合い・経過時間・使用環境で見立ては変わりますので、まずは現物を拝見させてください。詳しい見積もりや過去の対応事例は修理料金の目安ページや修理ブログ一覧もご参照ください。大阪・松屋町スマエキでは、水没・基板修理を含めた重度故障のご相談を、月に十数件ペースで承っています。
よくある質問
水没してから何日経っていても修理できますか
経過時間が長いほど基板腐食が進むため復旧難度は上がります。多くのケースで、水没から24〜48時間以内のご来店だと比較的良い結果につながりやすい印象です。1週間以上経過した端末でも当店で対応した実績はありますが、状況により復旧不可となる場合もあります。まずは現物を拝見させてください。
野菜室や冷蔵庫での乾燥は本当に良くないのですか
経験上お勧めしません。低温環境では空気中の水分が結露し、内部に新しい水滴が生じやすくなります。同じ理由でドライヤー(温風で部品が劣化)、米びつ(微粉が混入)も推奨していません。電源を切って自然乾燥のうえ、できる限り早く専門店へお持ちいただくのが、当店としての目安となります。
水没修理でデータは残せますか
ほとんどの修理でデータを保持したまま対応可能ですが、水没や基板修理などの重度故障については、修理中にアクセス不能となるリスクが残ります。事前のiCloudバックアップやPCでのバックアップを強くお勧めしています。お預かり時にデータ優先かどうかをヒアリングし、作業方針をご相談のうえ進めます。
iPhone 12は防水ですが、それでも水没修理が必要になりますか
iPhone 12は耐水性能を持つ設計ですが、これは新品時かつ短時間・低水深を前提としています。経年で防水パッキンが劣化していたり、一度落下歴がある端末では性能が低下している場合が多いです。水没後に動作不良があれば、防水仕様に関わらず内部診断をお勧めしています。
配送修理にも対応していますか
対応しております。大阪・松屋町まで来店が難しい方は、お問い合わせフォームからご連絡ください。発送方法・梱包の注意点・お見積もりの流れをご案内します。営業時間は10:00〜19:00、水曜定休となります。